あらすじ
とある高校の職員室。

映画部の2年生・前田涼也は、映画部で製作した映画が大会で1次予選を通過し、次回作の製作に張り切っている顧問に悩んでいました。

「自分たちで書いた映画が撮りたい」と言いかけたそのとき、気がつくと職員室の奥で泣いている生徒が一人。

彼女はバレー部の部員で、同じくバレー部員の2年生「桐島」のことについて相談しているようでした。

バレー部のキャプテンで県選抜にも選ばれるほどの実力を持ち、学校の成績も良いという桐島のまわりには、多くの人間が集まっていました。

桐島の親友・宏樹や、彼らと行動をともにしている竜汰と友弘。桐島の彼女である学校のマドンナ・飯田梨紗をはじめとする女子グループ、さらにバレー部の人間など。

彼らの中には桐島と付き合いがあることで、少なからずステータスを感じている者もいます。

ある日、いつものように桐島と一緒に帰宅するため部活が終わるのを待っていた宏樹たちのもとに、桐島がバレー部を辞めたという情報が飛び込んできます。

しかも宏樹や梨紗にさえその理由や事実を告げることなく、桐島は彼らの前から姿を消すのでした。

中心人物だと思われていた桐島が理由もなく姿を消したことで、まわりの人間に少しずつ不安が広がってゆきます。

それは宏樹や梨紗だけでなく、バレー部員のあいだにも広まり、自分たちの撮りたい映画を撮ろうと意気込んでいた前田たち映画部までも巻き込まれていくのでした。

総合評価 

評価:★★★★★(非常に良い)
印象:

学校の中心的な生徒である「桐島」が、突然部活を辞めたことで巻き起こる波紋が、じわじわと広がっていく様子が描かれている作品です。

男女共学の高校生活が生々しい空気感で描かれていて、何気ないシーンも映画として欠かせないように思えたので、整合性のつかないポイントや悪い意味で気になるシーンは見当たりませんでした。

テーマ自体は文学的なようにも思いますが、後半のクライマックスシーンなども含めて、見て楽しめる映画に仕上げており、構成や細かい台詞まわしも見事だと思いました。

桐島、部活やめるってよのここが良かった

映像のどこを取ってもどこか既視感のある描写

フィクションのはずの映像にもかかわらず、かつて自分が経験したような学校の生活風景や会話などが繰り広げられており、学生時代の記憶をありありと思い起こすことができたので、作品の世界観にすんなりと入ることができました。。

学校生活における人間関係の空気感がリアル

学校内における生徒たちの力関係や社会性が描かれている本作では、人間関係をきめ細かく描くことはこの作品の重要な要素だと思います。

特に松岡茉優演じる沙奈の憎たらしさは感心してしまうほどでした。

学生時代というのは誰しもが通ってくる道なので多くの人が共感できる部分も多く、いろんな学生が出てくるので、登場人物の誰に感情移入するかによって見え方が変わってくるというのも面白い部分だと思います。

セリフや物語だけでなく、登場人物たちのちょっとした動きや仕草などからも心情が伝わってくるような描写が多く、見るべきポイントがふんだんに散りばめられていることで、何度見ても味わい深い作品になっていると感じました。

作品全体を通して大きく物語が動くわけではありませんが、登場人物たちの表情や仕草のひとつひとつが細かく演出されているのを感じて、見ることで味わい深くなる映画だと思いました。

社会の縮図

物語は学校の中心人物である桐島がバレー部を辞めるという出来事を軸として、さまざまな生徒の視点から見たオムニバス形式の作品となっており、同じ日のエピソードが視点を変えて繰り返し描かれています。

そこには突然の退部を受けて桐島と親しい人物たちが動揺している様子なども描かれていますが、映画部の前田のように直接桐島との関わりがなく、クラスでも目立たない生徒たちの中には我関せずといった感じで学校生活を送っている者もいます。

目立たない人間には目立たない人間なりに日々の葛藤や悩みがあるわけですが、そういった人々も含めて社会の縮図を観察しているような面白さを感じました。

学校内における立場が逆転しているようにも見える部分がある

本作では学校という社会の中でなんとなく決まっていく序列のようなものが描かれていますが、それまで映画内で低く見られていた人々が、実はそうではなかったと思わせてくれる描写があります。

それを見て、それぞれの生徒がそれぞれの場所で葛藤しながら戦っているだけであり、優劣はないのではと思えました。

映画序盤であえて学校内の序列を意識させて見え方を徐々に変えていくことで、公平とは言えない世の中にあって、誰にとっても希望や救いのある内容になっていると思えたためです。

印象に残ったセリフ・シーン

「結局、できる奴はなんでもできるし、できない奴はなんにもできないってだけの話しだろ」

桐島の親友でもある宏樹は野球部に所属しており、レギュラーを張れるほど実力のある部員でもあるのですが、部活に対する情熱がなく幽霊部員のようになっている存在でもあります。

彼女もいて順風満帆な学生生活を送っている宏樹が、竜汰や友弘らと桐島を待っている際に「結局、できる奴はなんでもできるし、できない奴はなんにもできないってだけの話しだろ」と何気なくつぶやくシーンが印象的でした。

この言葉は、いわゆるクラスでも桐島近い位置にいる宏樹が言うことで、ものすごく残酷な言葉として耳に残りました。

しかし、そんな宏樹もまた部活に打ち込むこともできず、時間をつぶすように過ごしている帰宅部の友人たちの中で、居場所を感じているようにも見えませんでした。

宏樹の発したこの言葉は映画の序盤において、できる側とできない側の構図をはっきり印象付けるために使われている言葉のようにも思えます。

実際に劇中ではクラスでも中心的な上位の人間と、目立たない下位の人間の対比が印象的に描かれていました。

しかし映画全体のテーマとして見たときに、常にどこか冷めた目線で世の中を見ており、人との関わり合いや、物事に深く関わることのできない宏樹自身のことを表している言葉のようにも思えて、映画を見終わったあとにより印象的な言葉として心に残りました。

実は最もうらやましい高校生活を送っているのは、クラスでも目立たない存在である前田?

本作の主人公は映画部の前田という、どちらかというと目立たないタイプの生徒です。

体育会系の部活がもてはやされている本作の高校において映画部は得体の知れない存在であり、他の生徒からバカにされているような描写も見られます。

ですが、前田は本気で映画を製作するために毎日活動をしていて、どんなに他の生徒に笑われようと映画を作るために一生懸命に動きます。

彼は普段はおとなしい性格ですが映画製作のためなら他人に面と向かって意見することもでき、監督をつとめる彼の指示に従う部員もたくさんいるほか、製作した映画が評価され学校内で表彰されたりもしています。

私はこの映画を見て、最もうらやましい高校生活を送っているのは、クラスでも目立たない存在である前田だと思いました。

劇中で宏樹が発した「結局、できる奴はなんでもできるし、できない奴はなんにもできないってだけの話しだろ」という言葉は、宏樹の意図とは別に映画的なメッセージとして「物事に熱中したり、大切なもののために自分を変えることのできる人間と、そうでない人間」という意味も含まれているのではと感じました。

そういったことから、考え方によってさまざまな意味としてとらえることのできる宏樹のこの言葉が、映画の中で特に印象として残りました。

こんな人にオススメ

本作はジャンルで言えば青春映画というくくりになると思いますが、いわゆる漫画原作のような青春映画とは一線を画す作品です。

ですので、見る人によって印象が変わり、繰り返し見ることで新たな発見をすることのできる味わい深い映画でもあるので、作品を見たあとに考察してしまうような映画好の方におすすめしたい映画です。

また後半の展開を考えると、学生生活において目立たないタイプだった方や、学校が好きではなかった人の方が、感動できる部分が多いようにも思いました。