あらすじ
江戸末期、若い浪人の都築は、ある農村で農民たちを手伝いながら暮らしていた。

村の少年、市助に剣術を教えながら自らも鍛え、市助の姉ゆうと密かに思いあい、穏やかに暮らしていたが、幕末の事変に参加すべく上京しようと考えていた。

そんな時、村で果し合いの場面に遭遇し、穏やかな風貌ながら冷徹に相手を斬り殺す浪人、澤村の剣さばきに驚く。澤村も市助に稽古をつける都築に目を止め、一緒に上京して組織を作ろうと誘う。

ちょうどそのころ、村に源田という男が率いるならず者の集団が現れてたむろするようになり、村人たちは浪人が出て行ってしまうことを心配するが、都築は源田とも酒を酌み交わし、悪い人間ではないと村人たちを諭す。

しかし、都築が熱病で倒れて京への出発が遅れている間に、市助とならず者たちの間で諍いが起こり、澤村がならず者たちの大半を斬り殺してしまい事態は変化していく・・・

総合評価 

評価:★★★★★
印象:怖い・興奮・難しい

冒頭からテンションが高い音楽と映像で、最初から最後まで引き込まれました。

江戸末期、農村で暮らす若い穏やかな武士と農民たちという風景は落ち着いた時代劇の佇まいで、幕末に活躍する男たちのありがちな物語を想像させるのだけど、もっと身近なところで思いがけない事件が起きて、それに引っ張られて狂っていくストーリーに圧倒されました。

俳優さんたちの一線を超えてしまったようなギリギリの熱演も凄いです。

塚本監督の作品は多く見ているわけではないけれど、これまで見たものと同様、考えたこともなかったような狂気の世界が世の中にあることを実感させられて、ほかではできない映画体験だと思いました。

斬、のここが良かった

ストーリーが思いもよらない方向へいく

何より、普通の時代劇のカタルシスとは全く違う、思いもよらない方向へ、まっしぐらに突き進んでいくストーリーに圧倒されました。

前半は、知的な都築と穏やかな澤村が当然のことのように「上京してことを成す」ということを口にするので、それが果たされていく中でのいろいろな葛藤を描く物語かと思っていたのです。

ですが、話が進むにつれて、彼らの挙げる大義名分がどんどん薄っぺらなものになっていき、目の前で起こる「人を斬る」「殺し合う」ということがどれほど生々しく痛ましいことなのか、という現実的な葛藤が差し迫ってきます。

人によると思いますが僕は、次第に狂気にとらわれていく主人公たちの狂気や悲しみを見れたのが良かったです。

熱がはいった演技が素晴らしい

池松壮亮、蒼井優、塚本晋也はじめ、実力ある俳優さんたちの共演は期待以上で、見たこともないような熱のこもった表情に圧倒されてしまいます。

池松壮亮の静謐な佇まい、殺陣の美しさ、それが壮絶な殺人の場に遭遇して狂っていくテンションの高さ、素晴らしい。塚本晋也監督は見事な枯れっぷりで、斬るという狂気を受け入れた人物の穏やかな不気味さで魅せてくれます。

印象に残ったセリフ・シーン

狂気に満ちたシーンやセリフのオンパレード

まずは、洞窟へならず者たちへ復讐に行く場面、躊躇する都築に澤村がささやく「俺たちが京へどんなことをしにいくのかわかってるのか?」というセリフ。

かっこいい物語でカタルシスを持って描かれる戦いの現実がどんなものかということをつきつけるようで、それまではひたすら穏やかで物腰柔らかだった澤村が急に豹変した恐怖も相まって、衝撃的なシーンでした。

そこから続く斬り合いは、時代劇の「殺陣」というレベルではなく、塚本監督独壇場の暴力シーンそのもので、正視できない迫力。

そこでも、「一思いに殺せよ・・」という相手に対して、「血が抜けるまでの間、自分のしてきたことを振り返ってください」と穏やかに言う澤村が静かに恐ろしい。

それから、狂気にとらわれていく都築が、「どうしてあなたは人を斬れるのですか、私も人が斬れるようになりたい・・」と何度も繰り返しながら狂ったように自慰をするシーンも、強烈に恐ろしい。

時代劇ならではの美しさも見れる

恐ろしいシーンやセリフだけではなく、時代劇ならではの美しい村の情景、都築が休んでいる小屋に夜にゆうが訪ねてきて、格子越しに思いを交わすシーンの美しさも良い。

言葉を告げることなく、ただ手を差し出し、祈るようにその指をかむシーンがとても繊細で心に残りました。

こんな人にオススメ

日常に満足しながらもなんとなく将来や社会に不安を感じている多くの大人に見てほしいです。

想像だけで考える暴力や、大義名分のあるように見える殺人が、実はどれほどの痛みを伴うものなのか、そこに染まってしまうことがどれほどの狂気なのか、穏やかな日常がどれほどまっとうなことなのかを、実感をもって伝えてくれる映画です。

それと、時代劇はつまらないと思っている若者にも見てほしい。「銀魂」のようなわかりやすい時代劇の殻の破り方もあるけれど、時代劇の美しさを持ちながら予定調和を軽く打ち破った作品で、とても斬新な見応えがあります。